深すぎる正義の見方

 ヤッターマンをご存知だろうか。

 タツノコプロ製作のアニメで、仮面を被り正体を隠したままドロンボーという悪党と戦う正義の味方を描いた作品である。少なくとも、そう認知されている。

 小生に言わせてみれば、これは単純な勧善懲悪ストーリーではない。主な視聴者である子どもたちに理解しやすいように、話の大筋としては勧善懲悪になっているのだが、その裏に隠された深い考え方には大人も唸ってしまうに違いない。

 話の内容以外でヤッターマンの深すぎる部分が表現されているのはどこだろうか。結論から言えば、その深すぎる部分とは主題歌である。言われてみれば、何回も反復されることが決まっている場所に深いメッセージを忍び込ませておくというのは常套手段である。

 ここで、主題歌の歌詞の一節を思い出してもらいたい。

 仮面にかくした正義の心  ドロンボーたちをぶっとばせ
(「ヤッターマンの歌」作詞・若林一郎、補作詞・山本正之より引用)

 これは一見すると勧善懲悪をほのめかすフレーズである。しかし、忘れてはならないのが、前述したように、ヤッターマンはドロンボーたちと戦うときには仮面をしているということだ。この事実と、上記の歌詞の一節とを併せて考えるとどうなるだろうか。

 ヤッターマンはドロンボーたちを退治するときには仮面をしているが、そのときは正義の心を仮面に隠しているのだ!  つまり、正義の心を隠したままでドロンボーの野望を阻止するヤッターマンの行いは、正義の心によってなされたものではないということになる。

 ここから導きだされる結論はただひとつ。

 たとえ、それが多くの困っている人を助ける行為であっても、個人や集団の一方的な理念によってなされる行為は正義ではないということだ。

 ヤッターマンは不正な商売によってお金を荒稼ぎして社会的な悪となっているドロンボーをやっつけるので、多くの人々から感謝されるだろう。それは一見正しい行いのようだが、ある考えを別の考えで駆逐するのは、正義ではなく暴力でしかないということを上で引用した歌詞は端的に示しているのだ。

 深い! 深すぎるぞヤッターマン!  なお、この文章を読んで不快になったとかいう苦情は一切受けつけないことをご理解いただきたい。

 

 執筆者:六条捻

(c)午前3時の六条会