油断するとやつらはすぐに変な名前をつける

 世の中にはちょっとどうなんだろう……という名前がある。簡単に例を挙げさせてもらいたい。

 先日、六条会の事務所を整理するのにたくさんの書類などの重いものを大量に移動させねばならず、必要にせまられて台車を購入することになった。大型ホームセンターに出向き、予算の範囲内でそこそこ丈夫そうで小回りのききそうなサイズのものを購入したのだが、帰ってから事務所でそれを使い始めてから思わず脱力してしまう事実に気がついた。その台車の商品名が「運搬くん」という名前だったのだ。

 いくらなんでもそんないいかげんな名前でいいのだろうか……下手なだじゃれの商品名よりは良いような気もするが、などと首を捻っていたものの、台車のように実際に道具として使うことを第一に考えられており、商品名などあってないようなもので、さほど売り上げなどに影響しない商品ならば深く考える必要もないのだろう、と自分を納得させることができた。

 だが、名前に関してそんなことを言ってられないジャンルというものは当然ある。その中で今回取り上げたいのは「店の名前」である。  店の名前はその店の雰囲気を演出するだけでなく、どういった店なのかを暗示することによって、集客や売り上げに直接関わってくる部分であるため、かなり戦略的に構想されてしかるべきものである。

 にも関わらず! 最初に述べたように、世の中にはちょっとどうなんだろう……という名前の店がある。

 おそらく、そういった店の名前は朝一番で参加者がほぼ寝ている状態の会議で出た投げやりな案がそのまま採用されてしまったのだろう。あるいは、個人の店であるため、誰にも相談せずに自分がいいと思ったままの名前にしてしまったのだろう。どちらにせよ、正常な判断力を持った人によって「やめといたほうがいいんじゃない?」って止めてもらえなかったがために起こった悲劇であると言えよう。

 前者の悲劇に関しては冒頭のものが該当すると思われるので、以下では後者についての例を挙げたい。

 ……震えるがいい、私の発見した店の名前は「カラオケ喫茶 隠れ三輪車」である。  想像するに、いわゆるスナックのたぐいなのだろう。個人で経営する店であるから、その店主が自ら考えた名前なのだろうが、いくらなんでも意味不明すぎる。むしろ、「意味が機能していない……それよりも意味ってどういう意味だったのだっけ」と哲学的な問いを喚起してしまうために意味不能とさえ言えるかもしれない。  隠れ家というのは店の形容として珍しくないし、店の立地からすればたしかに奥まったところにあって隠れてはいるのだが、丁寧に解釈の糸を手繰り寄せても、三輪車というワードによって店主の意図に辿り着く前に心を折られてしまう。

 たしかに珍しい店名は人々の注意を引くかもしれぬが、これは度を越して珍妙すぎるように思われる。この名前にした結果、集客や収入が軌道に乗っているかが不安でたまらない。そんなふうに自分と全く無関係な人間の心配をしながら帰途へとついたのだが、その途中で見かけた「スナック エンドレス」にさらなる狂気を覚えたのだが、それ以降の記憶が曖昧であるため、これ以上書き続けることができない。 非常に申し訳ないが、これにて筆を置かせていただく。かしこ。

 

 執筆者:六条綾

(c)午前3時の六条会