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心頭を滅却しても火は熱い

六条捻 バカエッセイ

 

 心頭を滅却すれば火もまた涼し

 小学生並みの感想で申し訳ないが、非常にかっこいい言葉である。
 苦しいことも心の持ちようで乗り越えられるといった意味で使われることが多いのだろうか。この人間の意志力を象徴する言葉は、自分の力で人生の苦境を乗り越えていく小説の登場人物を彷彿とさせるところがあり、そういった部分もこの言葉がかっこよさを演出している気がする。  

 しかし待って欲しい。
 心を落ち着けて考えれば考えるほど、つまり心頭を滅却すればするほど、火は涼しいどころか、火は熱いという当たり前の事実を再認識するのが普通である。ここで火が涼しいと感じてしまう人は火という外部からの痛みを知覚する能力を欠いており、脳みそがちょっと残念なことになっていると言えよう。
 目の前にある火という苦境を乗り越えるためには、「火もまた涼し」とか寝言をぬかす前に火を消すというのが、真に心頭を滅却したものの起こす行動である。というか、心頭を滅却するためにまず目の前の火から遠ざかるところからはじめるのが筋である。

 慣用句やことわざには学ぶところが多いが、それらからもっとも学ぶべきことは、日々変わりゆく現代社会においては慣用句やことわざといった長い時間を生き抜いてきた言葉といえど、その辞書的な意味のみを信じるべきではないということだ。
 自ら思考することを止めた人間はもはや人間ではないと心得よ(という思考停止の警句)。
 

 執筆者:六条捻

(c)午前3時の六条会