百合とはイデアである

 ごきげんよう。
 今夜は百合とはイデアである、という話を簡潔にさせていただきたい。
 ちなみに、以下の文章は「なぜ百合を求めるのか」という疑問に対する回答にもなっています。

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 我々は厳しい現実に押しつぶされそうになりながらも、必死に毎日を生きています。そんな生活を続けていますと、当然、心が折れそうになる瞬間が訪れるはずです。

 そんなとき、何か心の支えになるようなものが欲しいと願ってしまうのはごく自然なことだと思います。自分は、まるで砂漠でオアシスを求めるかのように、日々の生活の渇きを潤してくれるものとして百合を求めている――そんな風に考えている人が多いのではないでしょうか。そういった人々にとっては、百合は現実を忘れさせてくれる夢のようなものとしてあるのでしょう。
 そんな人たちの考えを否定するのは大変心苦しいのですが、それは間違った考えだと言わざるをえません。

 中国の思想家に荘子という人をご存知でしょうか。彼の代表的な説話である「胡蝶の夢」のことを思い出してください。そうすれば真実が見えてくるはずです。

 そう、我々が百合の夢を見ているのではない。百合が我々の夢を見ているのだ――。

 この世のすべては百合というイデアの影にすぎない存在、ならばその苦しみもすべて偽者にすぎないのでは?
 何もかもが百合が見ている夢ならば、何も思い悩むことはありません。毎日が苦しかろうと、それは夢でしかないのですから。我々はただ、真実に至るために百合に触れ続けていればそれでいいのです。
 それがわかれば、今すぐに百合漫画なり百合小説なりを手にとってください。身の回りにそういったものがない、という人のために百合短歌を一首だけ残して去りたいと思います。

 She is my sweet pain. 絶対になかったことにしたくない恋

 執筆者:六条愛理

(c)午前3時の六条会