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【最終回】六条くるるの浅墓短歌講座

六条くるる 短歌

 今回で最終回を迎えることになりました六条くるるの浅墓短歌講座。
 有終の美ならぬ憂愁の醜をさらして終わるため、僕の浅い知識をつらつらと書いていこうと思います。

 短歌には57577という定型があり、こういった部分を指して「リズム」とか「韻律」として語られていることは改めて述べるまでもありません。
 しかし、57577というのが短歌の音楽的要素の片面しか示していないことはあまり語られないのでは。

 名歌と同じように57577なのになんかリズムが良くないとか、あるいは、あの素敵な歌は57578なのにリズムが非常に良いとか、そういう風に思ったことはありませんか?
 不思議ですよね。
 短歌の重要な柱であるはずの57577を守っていてもリズムが悪い一方で、守っていないものが韻律的に優れているだなんて。そんな逆転現象が起こってしまうなんて。

 こういった現象が起きてしまうのは、短歌の音楽的要素のもう片面のせいなのであり、本講座ではこれを仮に「調(しらべ)」と呼ぶことにします。
 こういった「調」については、明確に名付けることはしていなくても、その存在にそれとなく気付いている人は多く、そのために秀歌を見つけることのできる 鑑賞眼を備えていたり、推敲中に言葉を選ぶときに自然と発揮されているものなのです。もちろん、これがうまく発揮されない場合もありますが……。

 けれども、この「調」というのはなんとも捉えることが難しいため、その全貌は明らかにされていません。57577のように数字に置き換えることができればわかりやすいものの、どうやらそういったこともできないかんじです。

 すごい歌人や短歌研究者も言葉にしにくい点に苦労しており、だけども全く言及しないわけにもいかないので、せめて自分のわかる範囲でこの「調」について語ろうと努力を繰り返してきました。
 その結果、「頭韻がー」とか「脚韻において~」とか「S音の連なり云々」といった部分的な説明がされるものの、肝心の「調」については何も説明がなされないという状況になってしまうのです。

 まー、この「調」こそが短歌のエッセンスであるかもしれないので、これが完全に解明されてしまうと短歌という詩形が消滅してしまうかもしれないんですけどねっ!

 そして僕にわかるのはこのへんまでなので、そろそろ今回の講座を終わらせていただきます。
 短歌なzine『うたつかい』(http://www.utatsukai.com/) にて、たたさんという親切なお兄さんが「たたさんのホップステップ短歌」という短歌のお勉強講座を連載しているので、実践的なものをお望みの人はそちらを ご覧になってください。2013年7月号(第15号)に第1回目が掲載されているので、これより古いものを買っても載っていないので注意ですよ?

 

 最後に、内容と関係ありませんが投げ銭を募集しています。
 マジで頼む!!!!!!

 

 執筆者:六条くるる

 

(c)午前3時の六条会