ネーミングセンス イズ デッド

 かつて店の名前がどう考えても悪い、みたいな話を書いた。詳しくはこちら( http://rokujokai.hatenadiary.jp/entry/2013/06/09/110642 )を参照。
 どうしてそういう名前にしてしまったのだろう、と思わず訝ってしまうものもあれば、一見するとなかなか良いネーミングのように思えるものの、よくよく考えると残念な感じになってしまっているものもある。今回はそちらの例を紹介したい。
  今回フォーカスを当てるのは孫子郎」という名前の店である。「まごころう」と読む。お察しの通り、「まごころ=真心」にひっかけたネーミングだろう。孫 子郎は飲食店であるため、その接客サービスの良さを暗示するような真心というワードを利用した店名は非常に気が利いているといえよう。
 
 しかし、上記の考察はこのネーミングの持ちうる意味の一面しか見ていない、片手落ちのものである。結論から言うならば、「孫子郎」という店名は「そんしろう」とも読めるのだ。そこから転じて、これに「損しろ」という意味を見出すのはそれほど難しいことではない。
  客をお金を落とすカモのようなものだと思うのは、商売をして生き残っていこうとするものの姿勢として強く肯定はできないが、また否定もできないものなので 容認しよう。だが、それを客の目に触れるところ、しかも店名にしてしまうのはいささか不注意すぎるのではないだろうか。
 これは若い女子たちがこぞって愛用している"kitson"というブランドのバッグに対しても同じことが言える。わざわざ言うまでもないことだが、ここから自然と想像される意味は「きっと損」だ。
 
 日本では数字の4がその読みの音から「死」を連想させるとして、使用が避けられることがある。私個人としては、そんなものよりも上記のようなネーミングを避けようという努力をすべきであると主張したい。
 ついでに主張させていただくと、孫子郎とkitsonは六条会にひそかに宣伝費とか渡してくれていいと思う。
 
 執筆者:六条綾
(c)午前3時の六条会