短歌/非短歌の境界

 自分の考えた31音のそれが短歌なのかを疑問に感じたり、あるいは自分が短歌のつもりで発表したものが「こんなものは短歌ではない」と批判されたり、といった経験がある人もいるのではないだろうか。

 短歌と非短歌の境界についてはこれまでも様々な議論がなされてきたものの、正直なところどれもが一長一短という感じで、あまり議論が成熟しているとは言いがたいのではないだろうか。

 僕はこのあたりの議論の現状や歴史を知らないのでこのようにいいかげんなことを言っているし、これから述べる仮説もそういった現実を踏まえないので言うものである。もしかすると、とっくの昔に議論されつくされて淘汰された仮説かもしれない、と戦々恐々しつつもはっきりと言わせてもらう。

 

 短歌を規定するのはシステムである、と。

 

 短歌の歴史が選歌と避けがたく結びついてきたことに関しては、ほとんど疑問を持つ人はいないだろう。また、近代以降の短歌が結社や同人誌と深い関係にあり、もちろんそこでも選歌は行われていることにもほとんど反論は寄せられないだろうと思う。

 さて、この前提を共有したうえで上記の命題について考えてみるとどうだろう。短歌を短歌たらしめているのは結社や同人誌、言い換えるならば歌壇というシステムであると言えないだろうか。極端な言い方をすると、そこ以外の場で詠まれたものは基本的には短歌ではないのだ。無論これはあまりにも極論すぎるので、例外は認められるが。

 しかし、このように考えると「なんでこんなのが短歌なのだろう?」「こんなの自分の知ってる短歌じゃない!」という作品が短歌として認められているのは、歌壇の中で短歌として承認されたから、選歌をくぐり抜けたから、だとわかるだろう。

 当然、歌壇の中で発表されたものでも短歌として認められないものもあるだろう。しかし、その作品も歌壇での議論が行われた以上、短歌の歴史に組み込まれているという意味で短歌と言えてしまうのだ。このあたりは、マルセル・デュシャンの《泉》という作品が美術展への出品を拒否されたときに、彼が美術批評を扱う雑誌上で反論したことを思い出してもらうと理解しやすいと思われる。

 

 さて、この議論を深めていくために例を紹介しながら書き続けてもいいのだが、それは僕が面倒なのでこのへんで打ち切りたいと思う。個別の反論に対しては別の記事を書くつもりではいるので、もしそういう奇特な人ないればどうぞ。

 

 最後に補足しておくと、僕はシステムが短歌を規定することに関して否定的なわけではない。というのも、これまでの芸術たちはシステムによって保護されてきた側面を持っているからだ。ある絵画は王の肖像画だから政治的権威によって残されたし、ある銅像は聖母子像だからキリスト教勢力によって残された。

 たしかにそれらの作品には作品それ自体の純粋な美しさと言えるものがあるのかもしれないが、それ以上に権威によって価値付けされて保護された結果として残されたという側面が強いことを忘れてはならない。ちなみにこれは僕の意見ではなく、芸術に関する一般的な議論であることも追記しておく。

 

 執筆者:六条くるる

(c)午前3時の六条会