音楽の歌詞ばかり褒めるな

 とある音楽に心酔している人がいて、その理由を尋ねたときに「歌詞が素敵」みたいなことを言われると、もやもやとしたものを胸に感じてしまう。

 もちろん、その人を感動させるくらいなのだからその歌詞は素晴らしいものなのだろう。けれども、普通に考えれば、その音楽において歌詞のみが人を感動させる要素であるわけではない。曲を演奏するピアニストのタッチや、歌手の声の微妙な震えなども重要な要素であるはずだ。

 しかし、音楽を褒める際には歌詞に触れられることが圧倒的に多い。これの理由を考えると、まあ単純な話であって、口を出せることが歌詞くらいしかないだけなのだ。この裏返しとして、ピアニストの演奏技術や歌手の声の倍音成分云々に関しては語れるほどの知識などがない、ということを指摘できるかもしれない。

 もちろん、歌詞についてしか言及しない人に教養がないと言いたいわけではないし、それが悪いことだとかそういう人は語るべきではない、と言いたいわけでもない。歌詞にしか言及しない人であっても、それは言語化できていないだけであって、ピアニストや歌手の細やかな技術の素晴らしさを感じ取れているからこそ、その音楽に傾倒しているのだろう。

 だが、それをなかったことにされることに関しては納得のいかない部分がある。だからこそ冒頭で述べたようにもやもやを感じてしまっているのだ。

 語れないなら語れないなりに「うまく言えないけどすげー!」くらいの表現はできるはずで、それもせずに、まるで最初からそういうものがなかったことにされてしまうことにはとても嫌な感じがする。

 はっきりとした物言いにならないのは、この感情の行き着く先が自分の技術的な研鑽を評価されないのが悲しい、という話にゆるやかに繋がっていきそうなところが怖いから。といったあたりで今回は筆を置かせていただく。

 

 執筆者:六条くるる

(c)午前3時の六条会